熊本の夜のお店探しは熊本ケイ

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youtubeに飽きたら。今更ながら見ておきたい映画特集。

2020年4月1日

今はインターネットでどんな映画も簡単に見られる時代になりましたが、疑問に思うのが本当に良作品といえるのかどうかはネットという広告の塊のような世界では正しい評価はできません。やはりその時代時代に見た人が語り合って、議論して素晴らしい作品を峻別することが大切なのです。そうなると昔の作品は意外と最近のランキングから落とされ、失われていく様にみえます。語り継ぐべき名作品とはなんでしょう?

これを見ていなければ人生を損していると言える珠玉の名作集です。

▪️レオン

  • キャスト:ジャン・レノ/ナタリー・ポートマン
  • 監督:リュック・ベッソン
  • 公開年数:1994

ニキータの男性版として、出演していたジャンレノを主人公にリメイクした作品。元作品より高い評価を得てジャンレノの不動の人気を確固たるものにした。子供時代のナタリーポートマンが出演しており映画史に残る傑作といっていい。

 

ストーリーアメリカの貧困街で住むマチルダ一家、麻薬取引の片棒を担ぐ父親に虐待されていた。ある日マフィアに家族が殺される現場を見てしまったマチルダは、恐怖を押し殺し、自宅ではなく隣のレオンの部屋に向かう。

殺し屋家業のレオンは鍵の隙間からこの抗争を観察していたが、まっすぐ自分の部屋に向かうマチルダに戸惑う

マチルダは別の家の子になりすまし逃げようとするのだが、レオンは巻き込まれたくなく受け入れを渋る「おねがい・・・あけて・・・」と懇願するマチルダにレオンは扉を開けて保護することになった。

殺し屋と少女の生活が始まる。

少し知的障害があるレオンとしっかり者のマチルダが織りなすデコボコハートフルストーリーだが、最後黒幕だった麻薬捜査官が自分の顔をしっているマチルダを暗殺しに来る。レオンの命がけの救出でマチルダは逃げることができるが、レオンの脱出か可能なのだろうか。

 

 

スタンド・バイ・ミー

  • キャスト:ウィル・ウィートン/リヴァー・フェニックス
  • 監督:ロブ・ライナー
  • 公開年数:1986

クリスは正義感の為か、法学生の時止めようとした暴漢に刺されて死んだ

テディは軍隊に入ろうとしたがなぜか刑務所に入り交通事故で死んだ

バーンはアパートの家事で死んだ。

主人公のゴーディはもう2度と戻れないあの懐かしい日々を思い出さざるを得ない。

若くして死んだリバーフェニックス。24でサイドブレイクしたキーファーサザーランド。が出ている。ベンEキングの名曲「スタンドバイミー」が主題歌として使われている。

 

ちょっと太って鈍臭いバーンは不良のリーダー「エース(キーファーサザーランド)」の弟だ。兄から鉄橋の袂で少年が列車に轢かれて死んだとの噂を聞いた。仲間の四人はその死体を見つけ出そうと旅に出る計画をする。

ゴードンは内気な少年で物語を書くのが好きだ、一番の友クリスは、ダメな父親と兄の影響ですこし不良になっている。しかし彼はとても賢く心の中には強い正義感を持っており、このまま家庭の事情で将来をダメにすることに悲観していた。

旅を続けて行く中で、クリスはゴーディに小説家になる事を強く進める。主人公がこの小説を書くきっかけとなった大切な友人だった。

死体捜索の旅のあと、四人は自然とそれぞれの道を歩む様になり疎遠となった。あの掛け替えのない旅で心に刻んだ言葉はクリスを成長させた、一念発起して大学に進んだ。

 

いまを生きる

  • キャスト:ロビン・ウィリアムズ
  • 監督:トム・シュルマン
  • 公開年数:1989

ハートフルコメディを得意とするロビンウィリアムズの中で最高に泣ける映画。

全寮制の名門学校に風変わりな先生が赴任してきた。厳格な校風で厳しいマニュアル教育を受けている生徒たちに「プリチャードの教科書なんか破り捨てろ」と言い放ち生きることの素晴らしさについて教えようとする。ある日の授業では、キーティングは突然机の上に立ち、「私はこの机の上に立ち、思い出す。常に物事は別の視点で見なければならないことを! ほら、ここからは世界がまったく違って見える」と話す。

名門師弟の生徒たちは最初は戸惑いながらも先生の人柄に影響を受け次第に豊かな人格を持つ様になってくる。ある日生徒のニールは俳優を志すが親に陸軍士官学校に入れられそうになり思い悩んだニールは拳銃自殺をしてしまう。

その責任を負わされ先生は辞任することになる。最後の授業の日お別れを告げた先生に対し、生徒が机の上に立ち学校への不満と先生の教えを受け止めた事を静かに伝える。

文字で書いていても泣ける映画です。

 

サウンド・オブ・ミュージック

  • キャスト:ジュリー・アンドリュース
  • 監督:ロバート・ワイズ
  • 公開年数:1965

名作映画という言葉はこの映画から始まったといっても過言ではないだろう。日本では「トラップ一家物語」としてアニメ化された。第二次大戦中のオーストリア人家庭に家庭教師として雇われたマリア先生との物語である。実は実話であり彼ら家族はドイツから亡命してアメリカで合唱団をして生計を立てていた。そのマリアの手記を元にミュージカル化されて今に至る。事実とは異なる所があるらしいが、概ね良好な評価で、夫ゲオルグが冒頭(写真)のような横暴な人間ではなかった事だけは妻マリアは不満に思っていたらしい。

ものがたり

第二次大戦中オーストリアはナチスドイツに併合されたオーストリアの名家の家ゲオルグフォントラップは陸軍のエリート将校だった。家庭でも子供たちを軍隊の様な規律で統制している。妻を無くし子供にどう接していいのか解らない父親だった。修道院をやめて家庭教師として雇われたマリアは子供たちの様子にびっくりする。

制服の様な子供たちの服をカーテンで自作した服に着替えさせ外にみんなと出かける。そして歌われる「ドレミの歌」心を解くことができたゲオルグが歌う「エーデルワイス」ゲオルグはナチスのやり方に反発し亡命を決意。親衛隊の追跡を振り切りスイスへたどり着く。

二部構成で3時間に及ぶ大作。

甘く優しい第一部とうって変わり、戦争の影が落ちる第二部という構成でできている。ミュージカル等で演じられる内容は第一部を多く用いており、名シーンが多い。

 

十二人の怒れる男

  • キャスト:ヘンリー・フォンダ
  • 監督: シドニー・ルメット
  • 公開年数:1957

知的な謎解き漫画や映画がお好きな方、おそらくこれが全ての元になっている伝説の映画です。いや厳密にいえば芥川の羅生門が元ネタなんだろうが・・。シナリオの組み立てキャラクターの性格、最後まで明かされない事実。人との会話の中で何が真実なのか、それは重要な事ではない。「これはあなたの息子さんを裁く法廷ではないのですよ」

三谷幸喜がパロディで「12人の優しい日本人」という戯曲を作っている

 

法廷ものに分類されるが舞台は陪審員の控え室、ここで全員一致で有罪か無罪かを決定する。夏の空調などない時代の密室、長い法廷の後ということもありみんな苛立っている。
裁判で出された証拠、証言ともに「少年A」にとって有罪であること間違いなしであった。陪審員の12人は誰もが有罪であると全員一致決を採る段になってたった一人が挙手をせず無罪を主張した。建築家の8番陪審員だった。
証拠はどう見ても少年Aが殺人を犯している彼の有罪が決定すればおそらく死刑は免れないだろう。8番は「無論、有罪だと私も思う、しかしこのまま有罪となって彼が死刑に処せられたら・・彼の人生はこの場のこんな簡単な挙手で終わらせていいのだろうか。少しみんなと話し合いたい。その上で私も有罪にあげよう」
ここで残り11人になぜ有罪であると思ったのか一人一人に話を聞く
【1:11】
証拠として提出されたナイフは珍しい象嵌がされておりどこにでもあるものではない、故に売った店主の証言と犯行に使われたナイフを照合し少年の有罪は確かなものだと。しかし8番は「いえこのナイフどこでも買えます」と同じナイフを出してみた。ここで9番が「面白い。そういうことか、私ももっと話してみたくなった」と無罪側へ転向
【2:10】
「しかし少年は殺してやると言った証言もあるぞ」と反論が出ると「あ、それは俺も言ったことがある。確かに本気で殺すつもりではないよな」
【4:8】
こうして次々と無罪側に賛同する人が増え始めた。
中には「面倒だからもう無罪でいいや」と責任を放棄するもの「みんなが無罪なら無罪」と寝返る者しかし3番だけは頑なに少年の有罪を主張し続けた。
【11:1】
「あんたも、そんな意固地にならず無罪にしときなよ」「いや俺はあの少年を許せないんだ!」
ここで語られる真実とは・・・。
さてこの映画陪審員が無罪評決を下すところで終わっている。
そこで今尚謎とされているのが「少年は本当は殺したのか?」だ
これは三谷作品でも同様な終わり方にしている。映画ファンの中では概ねどちらも「本当は有罪」だと推測されている。
この映画のテーマは「人が人を裁く事にはたして公平な立場などあるものだろうか」ということだ。この12人の陪審員はなにかしら自分の都合で評決を下している。そこには少年の真実とい視点はない。
この映画は観客も同じ陪審員となって少年について深く考えてあげる作品であり。また陪審員一人一人にも心を傾けてあげる事を求めている。
「さぁ話し合いましょう」繰り返されるセリフである。

この記事の投稿者: inaba_c